学校行事考案部
それは、僕にとってあまりにも唐突な出会いだった。
「うっさいんじゃボケエェェェッ!」
僕としたことが。こんな言葉を発したのが自分だなんて信じられない。信じたくない。信じるものか。絶対に。
いつものように僕がテレビの前で寝そべっていると、ピンポーン、と音がした。機械的で耳慣れたその音を、僕はいつものように無視する。どうせ担任だ。そのうち諦めるだろう。僕はそうして意識をテレビに戻す。テレビの中では特に面白くもないコントが繰り広げられていた。
ピンポーン。
さっさと帰れ。
ピンポーン。
うるさい。
ピンポーン。
帰れよバカ。
ピンポンピンポンピンポーン。
おい担任、おまえいつからそんなお茶目になったんだ。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。
……。おい担任、おまえはガキか。
僕が心の中でいくら毒づこうが、インターホンは止む気配を見せない。
イライラしながらテレビの音量を上げた。でもごまかせない。騒音に等しいインターホンは歌い続ける。
「あーっもう!」
そしてイライラした僕は玄関に走りこんだんだ。
いつもは玄関なんてものとは無縁な生活を送っているもんだから、それはひどく久しぶりのことだった。
そして僕は叫んだわけだ。
「うっさいんじゃボケエェェェッ!」
僕は勢いよくドアを開けながら、そこにいるであろう人間を怒鳴りつけた。
だけど、僕の目に映ったのはいわゆるピンポンダッシュを連想させる光景だった。
そこには誰もいなかったんだ。
こんなにも無性に誰かを殴りたくなったのはもしかしなくても初めてだった。
ああ殴りたい!
「誰だよあんだけピンポンしときながらダッシュで走り去った馬鹿野郎はっ」
ずり落ちてくる眼鏡を押し上げながら僕は毒づいた。
まったく! 真昼間(まっぴるま)からどういう神経してんだ。
「ったく」
僕は仕方なくドアを閉める。
否、閉めようとした。それは途中で阻止され、がくん、とドアが止まる。
「へ?」
なんかひっかかったのか?
そして僕が視線を戻した瞬間に脳内に強制的に送られた光景は、なんというか、とてもショッキングだった。
ドアは男の手によってしっかりつかまれていて、ドアが閉められなかったのは確実にそれのせいだ。それも十分問題だけど、もっと問題なのはそのドアをつかんでいる男の姿かたちだ。
二メートルはあろうかという巨体、サングラスから覗く殺人的に恐ろしいつり目、自然界に存在してはならないような鮮やかな青い髪。
それが、僕を、この僕をものごっつい形相で見下ろしていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「オレだ」
「は、はい?」
なにが? なにがオレなの? なにがオレなんですか? すみませんなにか気分を害したなら謝りますからもう帰ってくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
「さんざんピンポン鳴らした挙句ダッシュした馬鹿野郎はこのオレだ」
はあっ? マジで? マジでか。僕はこの人に対して馬鹿野郎とか言ったのか。マジでか。うわあ。僕、齢(よわい)十六にして天国に召されるかも。
「すっすすすすすすすす、すみませんでした! はいっすみませんごめんなさい許してくださいっ」
いやむしろ悪いのはおまえだよ! ピンポンダッシュなんて小学生じみた行為そんな巨体ですんなよバカ!
なんて口が裂けても言えず。
「そんなことより、おまえ、秋畑雪乃(あきはた ゆきの)だな?」
「は、はい?」
「聞いてるんだ。おまえ、眞貫(まぬけ)高等学校一年の秋畑雪乃だな?」
「はあ、そうですけど」
そう、僕の名前は秋畑雪乃。十六歳の高校一年生だ。現在登校拒否中、だけど。
「そうか。じゃあ単刀直入に言う」
そういえばこのデカ男――本人に言えやしないけど――、うちの高校の制服だ。崩しすぎて原形とどめてないけど、よく見ればそうだ。
青髪のデカ男は中途半端に長い髪をかきあげて、更に睨みを利かせた。マジで恐い。ちょ、そんな不気味に笑うなっ!
「すみませんごめんなさい気分を害したならマジで謝るからそんな恐ろしい顔しないでくださ――」
「学校に来い」
――はあ?
「いいな? 明日からはちゃんと登校してこい。以上だ」
はあ?
混乱する僕を放って、デカ男は踵(きびす)を返した。
「ちょ、ちょっと待てよっ。それどういう意味――っ」
僕は慌てて追いかけようとしたけど、思った以上に緊張していた足が絡まって、間抜けにも転んでしまった。
「いてっ」
うわ、頭打った。痛い。血でてないかな、これ。とりあえずたんこぶできてそうだよ。
それにしても、いったいなんだったんだろう。「学校に来い」なんて。誰だよあの男。まあとりあえず、言われたぐらいでやすやすと登校するわけないけどね。
私立眞貫高等学校は、併願校の一例になるようなレベルの学校で、頭の良い学校とは言い難かった。
そこそこ頭の悪い僕は、第一志望を見事に落ちて、滑り止めで受けた眞貫校にこの春から通っていた。
そしてその眞貫校は、全校生徒の半分も登校してこない、登校拒否児に塗れた(まみれた)学校だった。
僕だって一学期は真面目に通っていたんだ。でも夏休みが終わった九月一日、つまり始業式の日。休んでしまったその瞬間から行けなくなってしまった。いじめられたとか、そんなんじゃないんだ。ただ、行けなくなってしまった。
そして十一月の今、僕は未だに家に篭もっていた。
「行ってきます」
お母さんの声が微かに聞こえた。
そろそろ遅い出勤時間だったらしい。
僕はのろのろと起き上がって目覚まし時計を手繰り寄せる。十時をまわっていた。
のろのろとベッドから這い出して、寝巻き代わりのジャージを脱ぎ捨てた。
部屋から出ると、雑然とした雰囲気が漂っていた。その雰囲気が、お母さんが仕事に出掛けたことを僕に教えてくれる。
ふと壁にかけられた写真が目に入った。
お父さんと、お母さんと、僕。三人で海へ行ったときの、もう五、六年は前の写真だった。
うちはそもそも写真をあんまり撮らない家庭だった。そのせいか、三人で写っているのはこの一枚のみだ。
海外に単身赴任中のお父さんとはしばらく顔をあわせてないし、お母さんとだって顔をあわせることは稀(まれ)だ。なぜかって、そりゃあお母さんが家にいるときは極力部屋を出ないようにしてるからさ。
そんな僕の生活は、もしかしたら僕が思っているよりもずっと退屈なのかもしれなかった。
あのデカ男が僕の家に訪れてから、一週間がたった。そんな日の昼だった。あのバカらしい連続的なピンポンが僕の家に響いたのは。
僕は白々しい昼ドラを消して、玄関に向かった。またあのデカ男か? ああもうムカつくったら。学校なんて行かないからな。絶対、絶対。
怒鳴ってしまわないように気をつけながら、ドアを開けた。
「あの、学校なら行くつもりは――」
「デリーが無礼を働いたみたいだな」
「はい?」
声はこの前よりも幾分下の方で聞こえた。
「え、あの」
混乱した。
この前のデカ男じゃない。僕は顔をしかめる。誰だこいつ。
デカ男よりも貧弱そうなヤツだった。長い前髪が顔を覆っていて目が見えない。ちゃんと前見えてるのか? デカ男よりも小さくて、僕よりも小さいそいつは中学生にしか見えなかったけど、眞貫校の制服を着ていた。――ちなみにすごくダボダボだった――
「誰?」
知らず口調が強気になった。――こいつにならケンカで勝てそうだ。一瞬よぎった考えに、心が疼いた。
「オレは北島悟(きたじま さとる)。一週間前にデリーがここに来ただろう? そのときに無礼を働いたみたいだな。オレからあやまっておく」
「デリーって誰だよ。――あのデカ男のこと?」
「デカ男っていうのが誰かは知らないけど、多分そう。デリーはでかいから」
「あのさ、誰? デカ男の仲間?」
僕は最大限顔をしかめた。
「このまえ来たときとはえらく態度が違うな」
「へ?」
ぬうっと、影から生えてきたみたいにデカ男が姿を現した。サングラスの奥が不気味に光る。
「ひえっ」
思わず奇声が漏れた。冷や汗が伝う。恐い。恐い。恐い。
「まあいい。オレを見たヤツは大抵そんな反応だ」
そりゃあそうだろうね。
「えーと、あの、デリーって――外国人ですか? あなた」
「違う。オレはれっきとした日本人だ。力城拳斗(りきしろ けんと)。覚えとけ」
「は、はいぃっ」
なんでおまえの名前なんぞ覚えにゃならんのだ。なんてナイフを突きつけられたって言えない。いやさすがにそれはないか。
デカ男、もとい力城拳斗は更に睨みを利かせた。
「おまえ、なんで学校に来ない」
そんなこと言われても。
「言ったはずだ。学校に来い、と」
確かに言われました。
「なんで来ない」
なんで? なんでって。そんなの僕は知らないよ。
「知らないよ」
しまった。と思ったときには遅かった。口をついて出た言葉を消す術なんて、僕は持ち合わせちゃいなかった。
「知らない、だと?」
眼光が僕を突き刺す。力城拳斗の額に青筋が浮かんだ。
背筋に悪寒が走る。恐い。逃げなくちゃ。今にも腰が抜けそうだった。
「あがってもいい? お茶ぐらい出してくれるよね」
ふいにチビ男、じゃなくて北島悟が呟いた。
「デリー、怒っちゃダメだよ」
「あ、ああ――わかってるよ」
力城拳斗が僕をその鋭い眼光で促すもんだから、僕はなす術もなく二人を家へあげた。
雑然とした家の雰囲気が変わった。自分以外の人間が家にいることで、こうも変わるもんなのかと、僕は心の片隅で感心していた。
「はい」
台所を漁って見つけ出した紅茶を、僕は二人の前に並べた。
「で、なんなんだよ」
極力、力城とは目を合わせないようにしながら、僕は北島に声をかけた。
ふう、と北島が一息ついた。
「うちの学校、登校拒否児が多いのは知ってるよね」
知ってる。
「で、それが原因で今廃校寸前だって、知ってる?」
「え?」
廃校?
「学校が成り立たないらしくてね、もう潰れる寸前らしいよ」
北島はどうでもよさそうに言った。
長い前髪が見てるだけで鬱陶しい。
「だから登校拒否児をすこしでも学校に引き戻そうと躍起になってるんだ、学校側は」
喉が異様に渇いて、僕は紅茶に口をつけた。
「それで設立されたのが、学校行事考案部」
「え?」
「通称考案部ね。一応秘密組織ってことになってるから内緒にしといてね」
考案部? 聞いたことない。秘密組織って、なにその偉そうな称号。
「考案部の仕事は主に拒否児を学校に行かせること。オレもデリーも考案部の一人だよ。で、もうわかるよね? オレたちがどうしてここにいるのか。君を学校に来させるためさ。来てくれるよね?」
北島の口元がにっこりと笑った。
僕はティーカップをぎゅっと握り締める。
学校。その言葉が頭の中でぐわんぐわん鳴り響いた。
「いっ、い――」
学校? 行くの? 行く必要なんてどこにあるんだ。もう義務教育じゃないんだし、行くも行かないも僕の勝手だろ? そうだ、お母さんだってそう言った。学校なんて――。
「い、行かないよ、僕は」
北島が顔をしかめた。目は見えないけど。
北島がおもむろに懐に手を入れる。
「行かないの? どうして」
「だって、だって意味ないし」
「意味?」
「学校なんておなじことの繰り返しばっかりで全然楽しくないしっ。行く意味ないよっ」
僕は一気に紅茶を飲み干す。熱かった紅茶は幾分冷めていた。それがかえって僕を追い込む。
「学校なんて、行きたくないっ」
大声で怒鳴った。頭が熱い。でもどこか片隅では冷静な自分もいて。やめておけって叫んでる。
勢いに任せて立ち上がった。
「やだっ」
「ガキみたいなこと言ってんじゃねえバカタレ」
ドスの利いた声が部屋に響いた。
「なっ」
「ついこのあいだまで中学生だったんだろうが、今は高校生だぜ? ガキみたいなことほざくな」
恐い。
「ガキみたいに駄々こねて学校行かないで、行けって言われたらまた駄々こねてガキみたいに叫びやがって」
恐い。恐い。
「んなガキみたいなヤツが意味ないとかわかったような口きいてんじゃねえよ」
熱がいっきに冷めていく。不思議な感覚だった。二メートルはありそうな巨体を、僕は見下ろしている。
サングラスの奥の目はまるで蛇みたいに僕の視線に絡みついた。
慌てて目を逸らす。
懐に手を突っ込んだままだった北島が、ふいに立ち上がってそして手を突き出した。
その手に何かが握られて――握られて、え?
「な、な、なにそれ」
「なにって、見てわからない?」
「え、え? 銃?」
「うん、拳銃」
「あの、ここ日本ですけど」
まさか本物じゃあ、ないよなあ?
「オレの父親、陽気なイタリア人。母親は日本が好きなタイ人」
だから? だからなに? なんなの?
「アメリカでは拳銃持ってても良いんだって」
「ここは日本だしだいたいイタリア人とかいう前置き必要ないしっ!」
「いや、だからアメリカでは――」
「だからここ日本!」
かちゃり、と音がする。今にも引き金を引きそうな指が、狙いを定めていた。
「来てくれるよね? 考案部、けっこうノルマ厳しいんだから」
そしてまたにっこりと口元が笑う。
「帰ろうか、デリー」
「おう」
僕がぼうっとしていると、二人はさっさと出て行ってしまった。
がちゃん、ドアの閉まる音がする。
なんだったんだ。
夢心地で、僕はふらふらと座り込んだ。悪夢だ、こんなの。その思いを否定するみたいに、テーブルには三つのティーカップが並んでいた。
そして僕が次の日学校に行ったかというと、そんなわけなかった。
その次の日も行かなかった。
そうしたらその次の日、やつらはやってきた。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。
「うるっさい」
自分ができる限りの、正に最大限険悪な顔で出て行くと、けろっとした二人が並んで立っていた。
「あのさあ、なんのつもり? 毎回毎回バカみたいにピンポン鳴らしてっ」
温厚な僕だってキレるぞ。
「悪かったな。オレの趣味だ」
ずおおぉぉぉんって効果音つきで力城は僕を見下ろした。
恐い。
二人はノーと言わせない雰囲気で僕の家にあがりこみ、お茶をせがんだ。
「あのさあ、なんで来ないの?」
「こ、この前も言ったじゃん」
「もう理屈はいいからさあ。来てくれないとこっちが困るんだよね。前来たときに言わなかった? ノルマ厳しいって」
「そんな訪問販売みたいな――」
「学校ってさあ、けっきょく義務教育じゃなくたって行かなきゃいけないところなんだよ。行かないんならやめるしかないんだよ? 君、やめる?」
「なっ」
それは、もっともだ。なんて言いたくもないし、認めたくなんてなかった。
「悟、やめる度胸なんてガキにはない」
僕の肩が大袈裟なほどに震えた。
それは、きっとドスの利いた声のせいだけじゃない。
「図星だろ?」
「――ない」
「は?」
「僕は、認めないからっ」
僕が間違ってるなんて、そんなことはないんだ。だってお母さんが行かなくてもいいって言った。義務教育じゃないからって。
僕は間違ったことなんかしてない。絶対。絶対。
かちゃり。
音がした。北島が拳銃を構えている。
「明日は来てね」
やだ。
「学校、君が思ってるほどいやなところじゃないかもしれないよ」
やだ。
「待ってるからね」
部屋に、響いた。
そのたった一言が、部屋に響いた。
二人が玄関に歩いていく音が、ぺたぺたと奇妙だった。がちゃん、すこし乱暴にドアが閉められた。
そんな音さえ無視して、僕の頭の中でたった一言が響き続けていた。
「雪乃? 雪乃? ご飯よ」
部屋の外から、声がした。
すこし高い、この声はお母さんだ。
「いらない」
僕は布団に包まって、耳をふさいだ。
「雪乃――どうしたの? 具合悪いの?」
静かにお母さんがドアを開けた。鍵でもついていればよかったのに。
耳をふさいでいても、聞こえるものは聞こえてしまう。
「どうしたの」
「なんでもない」
「雪乃」
「いらないってば」
お母さん、きっとびっくりしてるんだろうな。極力会わないようにしてても、夜ご飯だけは一緒に食べてたから。
「ねえ、雪乃――」
「お母さん」
そうっと耳から手を離した。
布団の中で、僕はひょっとしたら泣いていたのかもしれない。自覚ないんだけど。
「お母さん」
「なあに」
「学校、行かなきゃだめ?」
布団に包まって、布団を握り締めて、お母さんの顔も見ないで、僕は尋ねた。
「お母さ――」
「いいのよ」
微かにお母さんの声が震えていた、かもしれない。わからない。
「いいのよ、雪乃が苦しいなら。行かなくていいの。だって、義務教育じゃないもの」
じゃあ一生このままでいいの?
そんなの、わかりきったことじゃないか。
お母さんがどうして欲しいか、僕は知ってるよ。お母さん。
でも、行きたくない。
でも、行きたくないんだ。
「行ってきます」
いつものように、お母さんの遅い出勤の合図を僕は布団の中で聞いていた。
ただ、ぼうっとしているのも悪くない。
ピンポーン。
無機質な音が僕の鼓膜を揺らした。
しばらくすると、ピンポンは連打されている。
不思議とうるさいと思えない。
確か今日で四回目だ。ピンポンの嵐に遭遇するのは。
ぼうっとしているのって、実はけっこう難しいんだ。知ってた?
本当にぼうっとするって、難しい。
どがっしゃーん。
信じられないような騒音が僕の耳をついた。
な、なんだ? なんだよ!
がばっと起き上がって頭を機能させる。
どたよたどたよた、そんな感じで玄関に走りこむ。
「んなっ」
文字通り、絶句した。
僕んちの玄関のドアが、こともあろうに破壊されている。
「な、なに?」
隣室の奥さんがなにごとかととびだしてきた。
な、なんだあっ?
「おう雪乃、久しぶりだな」
「このまえ会ったばっかだし、つーか、これまさか」
「オレだ」
「お、おまえなに考えてっ」
異常だ。
「警察に通報されるぞバカっ」
バカじゃないのか。
「それはないね」
うしろからひょこっと北島が出てきた。
「はあ? なんなら僕が通報す――」
「僕の父さんが握りつぶすよ、そんな些細なこと」
「はあ? おまえのお父さんなにもんだよ」
「ただのレストラン経営者」
「はあ?」
バカじゃないのか。
「つーことで、お迎えに上がったぜ、感謝しろクソガキ」
「なっ」
「いつもよりちょこっとばかし早い時間だろ? 今は昼休み中だ。午後の授業だけでも出るんだな」
バカじゃないのか。
「担任に聞いてきたよ。午後は数学Aと社会だって」
「待ってるんじゃなかったの」
「そうするつもりだったんだけどね」
北島が懐に手を入れた。
僕の頭の中でまたぐわん、てなにかが鳴る。
行かなくてもいい、お母さんはそう言った。でも、お母さんは学校に行って欲しい。そんなこと知ってるよ。でも行きたくなんかないんだ。行く意味がわからないんだ。
「ガキ、世の中っつーのは半分以上が意味のないもので構成されてんだぜ」
かちゃり、北島が引き金に手を掛けた。
「けど、意味のないことしてるなかでふと意味のあるもんが見つけられるもんだ」
銃口がまっすぐ僕の額を狙う。
「悟が何度も言ったけどな、ノルマ厳しいんだ。来てくれなくちゃこっちが困る」
サングラスがきらりと光った。
「それは、力城拳斗にとって意味のあるノルマなの?」
銃口は相変わらず僕を付け狙う。
「さあな」
引き金が引かれた。
びしゃあっ。
「おまえ、随分偉そうな口きくようになったじゃねーの」
冷たいなにかが僕の額を打つ。
「み、水鉄砲っ?」
ジャージが水を弾いた。
「当たり前じゃない。君が言ったんだよ? ここは日本だって。本物なんて持ってたら銃刀法違反になっちゃうじゃないか」
「うへえっ、なにこれすっぱい」
気持ち悪い。臭い。なんだこれ。
「ああ、お酢だからね」
ふいに目に痛みが走る。
「うわ、沁みる」
涙がこぼれた。
「痛いって」
とまらない。
破壊されたドアが空しく横たわっている。使われ慣れていない革靴はひたすらに僕の心を誘った。
鼻をすすって、涙をぬぐった。まだ痛みが残ってる。
「しょうがないなあ」
今日だけ、行ってみようか。
行きたくないけど。一生このままでいられるわけじゃないんだ。わかってるよ、そんなこと。
「学校に行くことって、意味のあること?」
「そりゃあ」
力城が空を仰いだ。
青天だった。空をこんなに間近に感じたのはいったい何日ぶりだろう。
「おまえ次第だな」
十一月の空は、そりゃあもう爽やかな青だった。
―終―
企画・原案mikan様。
原稿用紙換算:三十一枚
わかってるんだけどどうしてもしたくないこと、できないことってありますよね。
最後になりましたが、企画・原案を提供してくださったmikan様、ありがとうございました。
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