タバスコの赤と放課後の教室





「あたしは魔法使いなんだよっ!」
「とりあえず何で教卓の上に仁王立ちして僕を指差してるか、聞かせてもらえる?」
僕――藤原公太は中央の列の前から二番目の自分の席で学級日誌を書いているところだった。 
もう教室には誰も残っていないと思ってたんだけど。
これはかなりの予想外だ。・・・いろんな意味で。
「それは、公太くんがあんまりにもインキ臭い顔をしてたからだよっ!」               
「"辛気臭い"、ね」
はあ、とため息をついてから、目の前で仁王立ちしている法使いのクラスメイト、
柊 由佳さんから目を逸らす。
柊 由佳さんはセミロングの綺麗な黒髪とパッチリした二重まぶたを持つけっこう可愛い女の子だ。
ただし口を閉じている間は、だけど。               
それにしてもインキ臭い顔ってどんな顔だ。
「ねー、聞いてる?あたしって魔法使いなんだよ?」
教卓の上から綺麗に着地して、僕の前に立つ柊さん。
スカートが翻るのもまるで気にしていない。
「聞いてるよ。えっと魔法のコンパクトでも使うの?テクマクマヤコン、テクマクマヤコン」
「お姫さまにな〜れ☆って違う!そうじゃないの!」
「違うの?じゃあ、エクスペクトパトローナム」
「守護霊よ来たれ!ってそれも違う!それは魔法学校に行ってる額に稲妻の傷を持つ男の子が使う奴でしょ!」
柊さんってノリが良いなあ。
「うう、公太くんがこんなに意地悪な人だと思わなかったよ!え、S?公太くんってSなの!?い〜ってやろ、いってやろ、せ〜んせいにいってやろ!」
「先生に言ってもどうしようもないと思うよ」
懐かしいな、その歌。小学校のときよく歌ったな。
「とにかくね、あたしは公太くんに魔法を見せるために来たんだよ!」
僕は学級日誌を書き終えたので、立ち上がった。ゴムで出来ている椅子の足の部分と
床が擦れて嫌な音がするけど、いつものことなので気にしない。
「ちょっと公太くん!?何処行く気!?」
「何処って言っても..」
僕は右手に持った学級日誌を柊さんに見えるように掲げた。
「これ書き終わったから、先生に出して帰るけど?」
帰宅部だし、早く帰りたい。
青い学級日誌と僕を交互に睨みながら、柊さんが言う。
「ちょっと待って!まだあたしは公太くんに魔法を見せてないよ!」
「明日でも良いだろ?じゃあね」
と言って教室を出ようとしたら、後ろから柊さんに手首をつかまれ、ぎりぎり絞められた。
「今じゃなきゃだめ!すぐ終わるから!ねっ!?」
「分かったから手、離して!痛い!」
手首が引きちぎれるかと思った。柊さんの握力は少なく見積もっても30以上はある。絶対。
「それじゃあ、公太くんが一気に動転しちゃう魔法をかけまーす!あー、ゆー、れでぃ?」
「・・いいよ」
「じゃ、いくよ〜」
柊さんに英語教育は無理だなと密かに思った僕。
「うん」
矢でも鉄砲でも核でも持って来るがいい。
斜に構えていた僕の耳に飛び込んできたのは予想外のセリフ。
「公太くんのことが好きです!付き合ってください!」
そう言って、がばっと頭を下げる柊さん。
「なっ」
思わず変な声を出してしまう僕。
ちょっと待て。絶対柊さんは僕のことをからかってるだけだ。
あ、でも実は、もしかしたら。
「あははっ!公太くん顔真っ赤!タバスコみたい!」
頭を下げたときと同じように、勢い良く頭を戻して、思いっきり笑う柊さん。
「普通トマトって言わない?」
思わずつっこまずにはいられない悲しい僕。
やっぱりからかわれてたんじゃないか。
しかも、まんまと柊さんの「魔法」にかかっちゃったし。
怒る気力も失せて、帰ろうとした僕の背中に届いたのは、柊さんの声。
「さっき言ったこと、本当だからね!返事考えといてよ!」
振り返っても柊さんの姿は見当たらなかった。
階段を降りる足音だけが遠ざかったいく。
「なんだったんだ、本当に」
ポツリと呟いた後に残るのは、空虚。
ああ、なんだ。
僕はようやく笑った。
柊さんの顔だってタバスコみたいに赤かったじゃんか。


Doppel Ganger   市井朱鳥&日野哀識

Doppel Ganger様よりいただきました。
どこか淡々としている公太君が可愛すぎます。
市井朱鳥様、日野哀識様、どうもありがとうございました。


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